
詩人
石田瑞穂
赤を、ぼくらは紅葉から学んできた。和の伝統色は赤系だけで九六色もある。紅葉狩が好きなぼくは、絵心はなくとも、朱、真紅、茜、臙脂と赤を指折り数えて遊ぶ。ひろった韓紅の楓をスーツのラペルホールに挿したりして、秋は三橋鷹女の俳句をおもいだすのだった。
この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉
鷹女さんは、当時、一児の母。秋の落日を浴びて、文字どおり、燃えあがるように紅葉する大樹と俳人は逢う。愛娘をおきざりに樹を登る、鬼女になってまで、霊的なほど美しい紅葉に心を震わす情熱的な句だ。言葉を超えた、気も狂れんばかりに美しい紅葉があるとすれば、まさにこの一句の絶景だろう。
そんな感動を、ぼくも味わいたくて、鬼怒沼へ旅した。天空湿原、ともよばれる日本一標高の高い湿原は、山中秘められた草紅葉の箱庭。その黄金の波間に毛氈苔、黄蓮、水芭蕉の火花がおどる。湖のぐるりを鬼怒川山系がとりかこみ、銀朱、深緋、蘇芳、鴇色…あらゆる日本の赤が水鏡に映りこんで燃えていた。
水底に、たとえようもなく美しい落ち葉をみつけた。それは夢幻の宝石か、夕陽の破片のように妖しく輝いて。手で掬おうとしたら、飛沫をはねあげ、泥に隠れてしまった。水ばかりか、一匹のサンショウウオまで、山々の紅葉を保護色に、朱く染まっていたらしい。
その言葉にならない色を、忘れることができない。

石田 瑞穂
詩人。代表詩集に『まどろみの島』(第63回H氏賞受賞)、『耳の笹舟』(第54回藤村記念歴程賞受賞)、新刊詩集に『Asian Dream』がある。左右社WEBで紀行文「詩への旅」を連載中。
「旅に遊ぶ心」は、旅を通じて日本の四季を感じ、旅を愉しむ大人の遊び心あるエッセイです。
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